ルーツからリフへ:ブルースが現代音楽を形づくった軌跡
ブルースは、現代音楽のあらゆるジャンルの基礎を成す存在です。
カントリーのツワンと響くコード、ロックのエレクトリックなギターソロ、ポップスのソウルフルなリズム——そのすべてに、ブルースの影響が息づいています。
あまりに多くの音楽がこのジャンルから派生しているため、私たちは時にその存在の大きさを見過ごしてしまうほどです。
では、この音楽はどこから生まれ、どのようにして世界の音楽シーンを変革したのでしょうか?
ここでは、ブルースの歴史をたどりながら、その精神と構造がどのように現代の音楽に受け継がれてきたのかを紐解きます。
特に、ブルースの「心臓」ともいえる楽器——ギター——に焦点を当てて見ていきましょう。
ブルースの起源
ブルースは19世紀末、アメリカ南部で誕生しました。
それは、アフリカ系アメリカ人の労働歌、スピリチュアル(宗教歌)、フィールド・ハラー(畑での掛け声)などから発展した音楽です。
奴隷制の時代を経て、自由を手にした人々が抱える悲しみ、忍耐、希望を歌に託し、それがブルースの魂の源となりました。
コール・アンド・レスポンス
ブルースを象徴する要素のひとつが「コール・アンド・レスポンス」構造です。
これは、1つのフレーズ(コール)に対して別のフレーズ(レスポンス)が応答するという、音楽的な“会話”です。
この手法はアフリカの伝統音楽に由来し、のちにジャズからヒップホップまで幅広いジャンルに影響を与えました。
12小節ブルース
ブルースの核となるのが12小節のコード進行です。
使用されるコードは基本的に3つ——トニック(I)、サブドミナント(IV)、ドミナント(V)。
たったこれだけで無限のバリエーションが生まれるのです。
たとえばEキーの12小節ブルースは次のようになります:
このシンプルな構造が、数え切れないほどの名曲の土台となり、感情表現のキャンバスとして機能しました。

ギター:ブルースの秘密兵器
初期のブルースは、歌やハーモニカ、バンジョーなどの素朴な楽器で演奏されていました。
しかし、やがてギターがブルースの中心的存在となり、「伴奏」ではなく**感情を語る“もう一つの声”**となっていきます。
アコースティック・ブルースの時代
20世紀初頭、ブルースは主にアコースティックで演奏されていました。
「デルタ・ブルースの王」と呼ばれる**ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)**は、フィンガーピッキングとスライド奏法を駆使して、孤高で奥深い音世界を築き上げました。
彼の代表曲「Cross Road Blues」に聴かれる幽玄なサウンドは、後の世代のギタリストたちに多大な影響を与えています。
エレクトリック・ブルースの誕生
1940〜50年代、ブルースが都市部へと広がる中で、エレクトリックギターが革命をもたらしました。
マディ・ウォーターズ(Muddy Waters)、ハウリン・ウルフ(Howlin’ Wolf)、B.B.キング(B.B. King)らがアンプを通じてブルースを増幅し、
よりパワフルでダイナミックなサウンドを生み出したのです。
この時代に登場したチョーキング(弦を引き上げる)、ビブラート、ディストーションといった奏法は、現代ギター演奏の基本技術となりました。
ブルースがロックを生んだ
ブルースがなければ、今日のロックンロールは存在しなかったでしょう。
ブルースのコード進行、リフ、そして生々しい感情表現が、1950年代のロック誕生の土台を築いたのです。
ロックンロールの誕生
チャック・ベリー(Chuck Berry)やリトル・リチャード(Little Richard)といった初期のロックンロールのレジェンドたちは、
ブルースに疾走感とメロディアスさを加えました。
ベリーの代表曲「Johnny B. Goode」は、スピードアップした12小節ブルースの構造そのもの。
それでも、この曲は新しい時代の若者文化を象徴するアンセムとなりました。
ブリティッシュ・ブルース・エクスプロージョン
1960年代、イギリスのミュージシャンたちはブルースを再発見し、それをロックの形で再構築しました。
ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、クリームといったバンドがその中心です。
ギタリストの**エリック・クラプトン(Eric Clapton)やジミー・ペイジ(Jimmy Page)**は、
アメリカのブルースに影響を受け、巨大なアンプと即興的なソロで“ハードロック”の原型を作り上げました。
ギターヒーローの時代
1960〜80年代には、ブルースをルーツにしたギタリストたちが新たな英雄となりました。
**ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)やスティーヴィー・レイ・ヴォーン(Stevie Ray Vaughan)**は、
ブルーススケールをベースにしながらもロック的な攻撃性と自由な表現を融合。
ヘンドリックスの「Red House」はその代表例で、ブルースの深い情感とギター技術の極致が融合しています。
ブルースとジャズ:共鳴する二つの魂
ジャズとブルースは、ほぼ同時期に生まれ、互いに影響を与えながら成長していきました。
ジャズが即興演奏と複雑な和声を発展させる一方で、その感情的深みとリズム感はブルースから大きな影響を受けています。
ブルース・スケール
ジャズにおいて頻繁に使用されるのがブルース・スケールです。
これは五音音階(ペンタトニック・スケール)に「ブルーノート(♭3、♭5、♭7)」を加えたもので、
ソロ演奏に独特の味わいと“憂い”をもたらします。

名曲とクロスオーバー
ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)やビリー・ホリデイ(Billie Holiday)は、
ジャズとブルースを見事に融合させたアーティストです。
彼らの代表曲「St. Louis Blues」などは、両者の境界が曖昧になるほどの完成度を誇ります。
ブルースとジャズは、同じ言語で会話する“兄弟”のような関係なのです。
ブルースが現代ポップに残した遺産
ブルースの影響はロックやジャズだけでなく、ポップミュージックにも息づいています。
ソウルとR&Bへの進化
1950〜60年代、ブルースの情感はソウルやR&Bの誕生を導きました。
レイ・チャールズ(Ray Charles)やアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)は、
ゴスペルの高揚感とブルースの感情表現を融合させ、時代を超える名曲を生み出しました。
今日のポップアーティストも、その影響を受けています。
アデル(Adele)の「Rolling in the Deep」やジョン・メイヤー(John Mayer)の「Gravity」に耳を傾ければ、
ブルース的なコード進行、ボーカル表現、そしてギターのフレーズが息づいていることに気づくでしょう。
国境を越えたブルース
アメリカ南部で生まれたブルースは、今や世界共通の音楽言語です。
-
イギリスのブルースロック:初期のフリートウッド・マック(Fleetwood Mac)などが、ブルースの伝統をヨーロッパに広めました。ビートルズのジョン・レノンも作曲の随所にブルースの要素を取り入れています。
-
アフリカのブルース:マリのアリ・ファルカ・トゥーレ(Ali Farka Touré)は、アフリカの伝統音楽とブルースを融合し、ジャンルのルーツを逆照射しました。
-
日本のブルース文化:日本でも、アニメ『カウボーイビバップ』に象徴されるように、ジャズとブルースがポップカルチャーに深く根付いています。ブルース・カフェやジャムセッションの文化も発展し、多くの愛好家が独自の解釈でこの音楽を楽しんでいます。
なぜ今もブルースは重要なのか
ブルースは過去の遺産ではなく、今も呼吸する“生きた音楽”です。
そのシンプルさと感情の純度は、初心者にとっては親しみやすく、熟練者にとっては無限の探求を可能にします。
ギタリストにとって、ブルースを学ぶことは通過儀礼であり、
スケール、リフ、ベンド(チョーキング)を通じて、ロック、ジャズ、ファンク、カントリーなどあらゆるスタイルへの扉が開かれます。
何より、ブルースを弾くことは「心を歌わせる」ことなのです。
ルーツからリフへ
ブルースは単なる音楽ジャンルではありません。
それは伝統であり、創造の源であり、人間の感情を最も純粋な形で表す芸術です。
デルタの土埃舞う畑から、スタジアムを揺らす轟音まで——
ブルースは常に私たちの音楽の根幹にあり続けています。
次にギターを手に取ったとき、または魂のこもったリフを耳にしたとき、
ほんの一瞬だけ立ち止まって、そのルーツに思いを馳せてみてください。
ブルースとは、喜びと悲しみ、そのすべてを包み込む音。
そして、音楽が人と人をつなぐ力を思い出させてくれる、永遠の証なのです。

